WFPチャリティー エッセイコンテスト2025

入賞作品発表

WFP賞

戦後80年、私にできること
神奈川県 湘南白百合学園小学校 4年
八百 花奈子さん

 今年は戦後八十年でした。私は戦争をけいけんしたことがないけれど、夏休みに映画やニュース、まん画を見て、どんな戦争だったかを知りました。
 戦争中は家や畑がやきつくされ、食べ物がじゅうぶんになく、たくさんの人が亡くなったそうです。お父さんやお母さんが死んでしまい、子供だけで生きなければならない中で、一生けん命池のカエルやタニシ、生えている草を取って食べたりしたけれど結局、栄養不足で亡くなった子供たちがたくさんいたと聞きました。それを知ったとき私は、あまりにもかわいそうで心がぎゅっといたくなりました。
 今、私は毎日家族とすごしていて、楽しく学校に通うこともできています。好きなことを好きな時にすることができます。ごはんも毎日三食、ほかほかの真っ白いお米とおいしいおかず、三時のおやつなども食べています。おなかが空いてこまったこともほとんどありません。それはとてもしあわせな事だけど、私は当たり前だと思って生活していました。
 日本の戦争は終わったけれど、世界ではまだ戦争をしていて大変な思いをしている人たちがたくさんいます。その人たちはきっと八十年前の日本と同じように、おなかを空かせて苦しい思いをしていると思います。
 子供の私でも、そのような人たちにできる事はいくつかあると思います。例えば、自分のおこづかいをぼ金することや、小さくなって着られなくなった洋服やくつを寄付することなどです。そしてこの作文を応募すると、こまっている方たちのために給食が配られると聞いたので、少しでも多くの人を助けられたらうれしいです。
 そして、私は当たり前のようにおいしいごはんが食べられることに感謝し、自分に何ができるかを考えながら毎日を大切に生きていきたいです。

  • 【選者のコメント】
    津村 康博さん(世界食糧計画(WFP) アジア地域局長 日本事務所 代表)
    今年は戦後80年です。日本は戦中、戦後に食べるものがなく、とても厳しい時代がありました。世界に目を向けると、残念ながら80年前の日本と似たような世界が広がっています。
    八百さんは昔の日本を知り、当時の人たちが直面していた問題について学び、感じたことを、素直に表現してくれました。世界の飢餓状況を学び、自分ができる小さなことから始めてみようという思いを、これからも大切にしてくださいね。
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