難波日菜子 さん
「これ、味見してくれない?」と、いつもの声が聞こえる。母は月に一度、助産院へ赴きボランティア活動を行っている。そこでの母の役割は、生後間もない赤ちゃんを連れたお母さん達に食事を提供することだ。今回のメインディッシュは、バターチキンカレー。この一週間、母はカレーと向き合っている。味見もこれで三回目だ。
あくまでもボランティアだと言いながら、何度も試作をするその姿から、母が産後ケアに対して特別な思いを抱いているのは想像できた。産後ケアとは、出産後の女性の心身や育児をサポートするための事業だ。昼夜問わず泣く赤ちゃん中心の生活では、座って温かいご飯をゆっくり食べることも難しい。誰かに赤ちゃんを見てもらいながらそうすることがどれほど有難いのか、母にはよく分かるのだ。実際、母は産後うつを経験したそうで、家族からの協力が得られない中、四六時中小さな私と二人ぼっちで過ごすうちに、眠れなくなり、ご飯からは味が消えたという。虚ろな目でベビーカーを押しながら、いっそ飛び降りようかと迷う日々を救ったのは、父の職場の社長とそのご家族だったそうだ。彼らは母を家へ招き入れ、私の面倒まで見てくれた。ご家族からの深い愛情と温かいご飯のおかげで、母は徐々に表情を取り戻せたそうだ。
当時のことは今でも感謝しているらしい。産後すぐのお母さんたちには、温かくて美味しいものをゆっくりと味わって、誰かと一緒に楽しく会話しながら食べてほしい。そんな思いのこもった三度目のチキンカレーからは、優しい母の味がして、目頭が熱くなった。
「美味しい、今までで一番、美味しいよ」
やっとのことでそう答えるしかできない自分が情けなく、恥ずかしかった。それでも、いつかは母のように、助けが必要な人に手を差し伸べられる大人でありたい。涙が頬をつたうのはカレーが辛いせいだ、と嘘をついて、私はがむしゃらに頬張った。
| 最優秀賞 | » 最優秀賞 | |||
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| 部門賞 | »小学生部門賞 | »中学生部門賞 | »高学生部門賞 | »高校生を除く18歳以上部門賞 |
| 審査員特別賞 | »小学生部門 | »中学生部門 | »高学生部門 | »高校生を除く18歳以上部門 |
| WFP賞 | » WFP賞 | |||


忍足 謙朗さん(国連WFP協会 理事 元世界食糧計画(WFP) アジア地域局長)
優しい気持ちがいっぱい入ったお母さんのバターチキンカレー、きっと助産院のお母さんたちを安心させたことでしょう。手作りの美味しい料理をみんなで食べれば、不安な気持ちもしばしば忘れ、皆笑顔になりますね。日菜子さんもそんなお母さんの温かい気持ちを忘れずに誰かの役に立って、次の世代にも伝え続けてください。