WFPチャリティー エッセイコンテスト2022

入賞作品発表

審査員特別賞(18歳以上部門)

心を「すくった」うどん
埼玉県
小松崎 有美さん

 思えばさみしい幼少期だった。母子家庭で育ち、食事はいつもひとり。そんな私が週末になると訪れたのが子ども食堂だった。ここに来れば出来立ても、とれたても食べられる。だけど何より皆と食卓を囲むひとときがごちそうのような時間だった。
あれから二十年後、私も地元で子ども食堂を始めた。ある日の夕方食堂に三年生くらいの女の子がやって来た。どうやら両親は仕事らしい。何だか昔の私を重ね、胸が締め付けられそうになった。その日は月見うどんだった。さっそくアツアツを提供すると彼女は水が欲しいと言いだした。
「はい、どうぞ。熱いから気をつけて食べてね」
彼女は水を受け取るとその瞬間。
「な、な、なんてことするの!」
コップの水をうどんにぶちまけた。私もあまりのことに言葉がない。ああそうか。この子は冷まし方を知らないんだな。
「ねえ。見て。こうやって冷ますのよ」
フー。フー。
私はちょっと冷まして見せた。すると彼女もマネをするように口をすぼめた。
「そうそう、上手!」
彼女は照れ笑いを浮かべ、最後に「なんかおばちゃん、ママみたい」と言った。ママ、か。胸がキュッと締め付けられた。これまで当たり前にやっていた『冷ます』という行為。だがそれは決して当たり前ではないのかもしれない。アツアツを作ってくれる人がいて、食べさせてくれる人がいる。そんな幸せの中に『冷ます』はある。だから『冷ます』を知ってるって有り難いことだし、それを教えることは愛を教えるってこと。
「ごちそうさまでした」
完食の器に、最後、笑顔が映った。
まもなく中断していた食堂が再開する。貧困や母子家庭。子ども達をめぐる問題は山積みだ。それでも私はこの場所で食事と愛情を提供したいと思う。できれば、もっと。続くかぎり、ずっと。やっぱりうどんかな。うどんは「すくう」ものだから、子ども達を笑顔にできるはず。今はそう信じている。

  • 写真
  • 【選者のコメント】
    竹下 景子さん(国連WFP協会親善大使 俳優)
     人生とは何と苦難に満ちているのか。相次ぐ自然災害、長引くコロナ禍。でも、そんな困難を吹き飛ばしてくれるのが「食」。食べることは生きること。そして分かち合うことの幸せ。多くの心に残る作品の中で、小松崎さんの作品は鮮やかにそのことを伝えてくれます。子ども食堂の存在を私は最近まで知りませんでした。ご自身の体験があったからこそでしょう。少女とのふれあいは胸に迫りました。子ども食堂という形の善意が子ども達の未来を後押ししている。さあ、私もできることから始めよう。読む者に勇気を与えてくれる作品でもありました。
PAGE TOP