WFPチャリティー エッセイコンテスト2019

入賞作品発表

審査員特別賞(18歳以上部門)

忘れちゃなんねえ
福岡県
 感王寺 美智子(かんのうじ みちこ)さん

 東日本大震災後、復興支援の為、気仙沼の仮設住宅で、被災者の皆さんと共に暮らしていた。
三年目の三月十一日、集会所で追悼集会が行われるというので、スーツ姿で、しめやかに出かけていった。
しかし、中に入ると皆さんは、エプロン姿だ。大きな寸胴鍋が、ドンと置かれ、机の上には、里芋やら大根やらが、ゴロゴロと転がっている。想像と違う様子に、ポカンとしていると「ほら、アンタ、芋、剥いてけれ」と、せかされ、訳が解らないまま、包丁を持った。
 皆さんは、豚汁をつくっていた。
 時計が十四時四十六分を指すと、その手を止め、海の方を向いて黙祷をささげた。
 静かな集会所にコトコトと、鍋の音だけが聞こえる。美味しそうな匂いが漂ってくる。
 亡くなってしまった人達にも、この温かい湯気が届きますよう、祈った。
 黙祷が終わると、みんなで豚汁を囲んだ。
「思い出すなあ、あの炊出しの豚汁。市民会館の回りを、ぐるっと、一周半も行列ができたっちゃ。うんまがった、ありがてかった」「んだ。おらたちは、このあったけえ湯気に救われたんだ」
 集会所へ出て来られなかった人達の部屋にも配ろうと、外へ出ると、冷たい雪が、チラチラと降ってきていた。狭い敷地内を歩くだけで、お盆を持つ手は、すぐに痛いほど冷たくなった。豚汁の暖かな湯気が、じんわり、その手を包み込んでくれた。
「あん時の寒さは忘れねえ。けども、もっと忘れちゃなんねえのは、その凍れた体を暖めてくれた、この炊出しの豚汁だ。おらたちは、その感謝を、ずっと忘れちゃなんねえ」
 皆さんは、その思いを持って、三月十一日に毎年、豚汁を作るのだ。
 空を見上げた。
 雪は、まだ降りやまない。けれど、みんなで作った、豚汁の温かな湯気が、立ち昇っている。

  • 写真
  • 【選者のコメント】
    竹下 景子さん(国連WFP協会親善大使 俳優)
    感王寺さんは仮設住宅での経験を率直に語ってくれました。ドキュメンタリーの映像のように。寒空の下、豚汁の温かさが心身を包む。お国言葉もあったかい。
    「食べることは生きること」WFPのメッセージとも重なります。ウン、忘れちゃなんねえ。
PAGE TOP