WFPチャリティー エッセイコンテスト2021

入賞作品発表

WFP賞(最優秀作品)

思い出のサンドイッチ
千葉県
加藤 博子さん

 大手コーヒースタンドのミラノサンド。それが私の心のワクチンだ。
「清、緩和ケア病棟に移ったって。」絞り出すような声で母が言った。鉛を飲み込んだような胸苦しさに、私は思わず目を閉じた。清おじさんは母の弟だ。胃癌を患い入院していた。緩和ケアとは、積極的な癌治療をせずに痛みや苦痛を和らげることを優先する所だ。つまり、そこに移ったということは。私も母も言葉を失った。その日は、妻の佳代子さんが急用で、私が1日付添いを代わることになった。「食べたい物をリクエストしてね!」私のメールに「あのミラノサンド!」と即座に返信があった。駅前でテイクアウトをし、病院までの上り坂を一気に走った。紙袋を掲げて「へい、お待ち。」とおどける私に「おう、これこれ。食べたかったよ。」叔父さんは目を細めた。その笑顔に鼻の奥がツンとしてきたから、私はコーヒーの香りを胸いっぱいに吸い込んだ。叔父さんは私の初恋だ。10歳年上の叔父さんの背中を、ずっと追いかけて成長した。叔父さんが結婚した時、こっそり泣いた。叔父さんが癌だと聞いて神に祈った。どうか助けて下さいと。柔らかい日差しが降り注ぐ病室で、私たちはミラノサンドを頬張った。叔父さんはゆっくりと噛みしめるように半分ほど食べた。「医者は何を食べてもいいって言うんだ。まあ、量は食えないけどね。」「また買ってくるよ。そうだ、次回は全種類買ってシェアしよう」「おう、いいね。」そして、深く息を吸い込んでこう言った。「お前はちゃんと食べろよ。俺が言うのも何だが、人間は食べたもので出来てるからな。ちゃんと食べて長生きしろ。」私は無言でうなずいた。それが、叔父さんとの最後の食事になった。
 元気が欲しい時、私は今もミラノサンドをテイクアウトする。パンをひと噛みガブリ、コーヒーとごくり。胸がじんわり熱くなる。「見える?私は今日もちゃんと食べてるよ。」天国の叔父さんに、そう呼びかける。

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    湯川 れい子さん(国連WFP協会顧問 音楽評論家・作詞家)
     「人間は食べたもので出来てるからな。ちゃんと食べて長生きしろよ」
     胃癌で亡くなった叔父さんが、最後の日々に喜んで食べたコーヒースタンドのミラノサンド。そのサンドウィッチを駅前でテイクアウトして、大好きな叔父さんの笑顔を見ながら食べた情景が、読みながら目に浮かぶ。
     そして今、元気が欲しい時、ミラノサンドを食べながら、胸を熱くして食べる作者の姿に、私は涙が止まらなくなった。
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