WFPチャリティー エッセイコンテスト2020

入賞作品発表

審査員特別賞(18歳以上部門)

私は二度、震えた
大阪府 東大阪大学短期大学部 1年
 中澤 桜子(なかざわ さくらこ)さん

 つらかった。一言でそう言ってしまえば簡単だ。私の父は私が小学校五年生の時に倒れ、脳梗塞になった。未だに右半身がうごかない。その後母は専業主婦から資格を取り介護士へ。慣れない夜勤の仕事で何度も倒れた。父が倒れたその日から家族の生活が変わった。私はご飯、家事担当になったのだ。学校から帰れば朝のうちに洗っていた洗濯物を取り込み、ご飯を作った。もう九年もその生活を続けた。だから慣れていると、そう思っていたんだ。あの日までは。
 あの日は雨だった。そうそう、丁度自粛期間中。雨の中スーパーに行き、数日分の食料を買ったんだ。今思えば限界なんてとっくの昔に通り過ぎていた。我慢をしすぎて自分の中の何かが壊れていたなんて知らなかった。男の人はご飯の時間に決まってこう言う。「なんでもいい」その言葉を鵜呑みにするほど私は馬鹿ではない。でもその日は、少し手を抜きたかったんだ。私は台所に白菜、豚肉、大根を並べた。そう、白菜と豚肉と大根のミルフィーユだ。簡単でおいしい、なんて素敵な料理なんだ。その時、私に対してのある言葉が聞こえた。兄だ。「こんなんいらん、食わへん」。私は耳を疑った。毎日毎日献立を考え、父の病気が悪化しないように栄養面も考え、兄の口に合うように味付けもしていた。私は気が付けば台所の扉を閉め、泣いていた。震えながら。九年分の思いが、その時初めて爆発したのだ。唯一一人の時間をくれる台所で、思う存分泣いた。さぁ、ご飯を作ろう。そう思った時、携帯が鳴った。母からのlineだ。「冷蔵庫におにぎりあるから食べて」すぐ冷蔵庫を見た。兄たちに取られないように「桜子へ」とラップに書いていた。わかめおにぎりだ。それを頬張りながら私はまた、泣いていた。震えながら。はたから見たら栄養満点ではないかもしれない、百点満点ではないかもしれない。それでも、あのわかめおにぎりは百点満点。いや、それ以上だった。

  • 写真
  • 【選者のコメント】
    竹下 景子さん(国連WFP協会親善大使 俳優)
     「私は二度、震えた」タイトルがいい。一気に読んだ。桜子さんの小学生の時から一人で家事を担う健気さ、傷ついてもへこたれない強さに共感する。
    そして、お母さんの優しさにホッとする。
    家族っていいな、と思う。
PAGE TOP