WFPエッセイコンテスト2015 入賞作品

審査員特別賞(18歳以上部門) 優しい温もりとさよならの一さじ
神奈川県 保田 健太(ほだ けんた)さん
 いつかは誰でも大切な人と「さよなら」する。だけど九歳の僕に、その覚悟は出来なかった。悲しい時、悔しい時、落ち込んだ時、いつもそばにいて寄り添い勇気付けてくれた。祖母は僕にとって、かけがえのない存在だ。その祖母がC型肝炎になり、肝硬変で苦しんでいた。僕は自分の無力さが悲しかった。
 ある日、祖母は「ちらし寿司が食べたい。」と言った。医師は「叶えてあげてください。」と。だがそれは、もう祖母に時間がないことを意味していた。僕は複雑な気持ちだった。
 翌日、彩り鮮やかなちらし寿司を見て「美味しそう!心が癒やされるね。」囁くように言った。母が小さなスプーンで祖母の口に運ぶと、これ以上ないというくらいの笑顔で、ゆっくりゆっくり頷きながら口を動かし、幸せそうに食べた。母が二口目を運ぶと「健ちゃん食べて」と、僕の手を握った。祖母の手から優しい温もりが伝わってきた。そして、僕の瞳を見て「おばあちゃんは、健ちゃんが美味しそうに食べるところを見たいな。ずっとずっと忘れないように。」と言った。母は涙を堪えていた。僕も必死に泣くのを我慢し、笑顔で食べた。一口食べる毎に、ボールで遊んだことや散歩したこと、テレビを見て泣いたり笑ったりしたことなど、元気な祖母との大切な時間が頭の中を駆け巡った。だけど、目の前には痩せ細り、静かに微笑む祖母がいる。僕は上手く飲み込めなかった。こんなに辛く悲しい食事は、生まれて初めてだった。
 あれから十二年が過ぎたが、祖母は僕の中で生き続けている。重い障害を抱え生まれた僕に「あなたにしか出来ないことがある。心から命にありがとうと思える日がきっと来る。」そう何度も何度も話してくれた。僕は、細やかな日常の中にかけがえのない喜びがあり、本当に大切なものは簡単には手に入らないと知った。だから、祖母がくれた優しい温もりを忘れずに、僕にしか出来ないことと大切なものを探して、命に感謝し生きていきたい!