WFPエッセイコンテスト2014 入賞作品

18歳以上部門賞 華やかな舞台の裏側
京都府 堂 みゆき(どう みゆき)さん
 男子100m決勝の約一時間前、一人の男性がゴミ箱をあさっていた。「空腹に耐えられないから、この中の弁当を分けて欲しい」という。審判員の食べ残しである。
 一九九一年、アジア初の世界陸上が東京で開催された。男子100mのカール・ルイスや走り幅跳びのマイク・パウエル、男子棒高跳びのセルゲイ・ブブカなど多くの有名アスリートが一度に見られるのである。日本中が浮かれあがっていた。そんな折、公認審判員としてサブグランドの管理をしていた私の所に、その人はやって来たのである。
 私は愕然とした。彼は世界陸上という華やかなステージの男子100mファイナリストだったのだ。しかもよく見ると、彼のスパイクは明らかにサイズがあっていないばかりか、つま先が破れている。ピンの角もすり減って、もはやスパイクとしての役目をはたしそうにない。有名選手が大手スポーツメーカーと契約して自分専用のスパイクを作る時代に、一方ではボロボロのスパイクを履き、食べることさえままならない選手がいる。その彼らが同じ舞台で競うのだ。
 当然、頭ではわかっていた。世界には満足に食べられない国があると。けれども彼の姿を見た時、とてつもなく不公平で不平等で哀しい気持ちを抑えられなくなった。私はゴミ箱の中の弁当をあげることができず、急いで自動販売機のハンバーガーを買って手渡した。それが正しい行動だったのかは今でもわからないが、あの時の私はそうせずにはいられなかった。自分が置かれた現状の中でひたむきに頑張る彼に、残飯を渡すことなど、どうしてもできなかったのである。
 この夏、世界陸上北京大会を見ながら、あの日のことを思い出した。あれから二十四年。どうかこの世界から、空腹を抱えた人が一人でも減ってくれることを祈らずにはいられなかった。