WFPエッセイコンテスト2014 入賞作品

18歳以上部門賞 カンベルのいた・だきます
茨城県 藤田 邦子(ふじた くにこ)さん
 西アフリカのセネガル滞在時に、ボランティアで日本語を教えた。教室を開講してから3ヶ月経った頃、生徒達を自宅に招いて、簡単なお寿司パーティーをした。彩鮮やかに並んだお寿司を見て、生徒達は歓声を上げた。

 食事を食べる時の決まり文句として、「いただきます」を教えた。食事を用意してくれた人、お皿の上の生き物の命、その命に関わったあらゆる存在への感謝の気持ちをこめるのだと、説明につい熱がこもった。

 「先生!いたい・だきます、ですか!」

ベナンから出稼ぎに来ているカンベルが、我が意を得たりとばかりに声を張り上げた。

「痛い・抱きます、ですね!」

動詞はまだ、ますで終わる形しか教えていなかった。痛い、という形容詞は前日に教えたばかりだった。違うのよカンベル、と訂正しようとした私を遮って、カンベルが興奮してフランス語で続けた。

「病気の妹は、貧乏で医者にも診せられず、最後はバナナを二口だけ食べて死にました。僕は、残りのバナナを、両親と兄弟とで分け合って食べました。妹が死んで、心が痛くて痛くて、それでも家族で、心が痛いまま、バナナを食べました。そして、そのバナナの美味しさは、未だに忘れられません」

 命の痛みを抱きながら食事をする。その宣言こそが「いただきます」であることを、逆にカンベルから教わった思いがした。生徒達はそれから、お寿司を口に運ぶ毎に、嬉しそうに「いた・だきます」を繰り返した。狭いダイニングに「いた・だきます」が響き渡り続けた。

 お腹がいっぱいになったという生徒たちに、最後に「ごちそうさま」を教えた。確かに命をいただいた、という感謝の気持ちだと説明した。カンベルは両手を胸に抱き、目を閉じた笑顔で、静かに「ごちそうさま」と言った。「痛い」を抱きしめたカンベルの姿が、涙に滲んだ。

 多くの命に支えられて私は生かされている。カンベルの「いた・だきます」も、あの日からしっかり私を抱きしめてくれている。