WFPエッセイコンテスト2015 入賞作品

審査員特別賞(18歳以上部門) 生きていたと笑った
埼玉県 荻原 純子(おぎわら じゅんこ)さん
あの日、3.11。 私は故郷のすべてを失ったと思った。
テレビに映る地元の福島を見て震える。父とも母とも連絡が取れない。身体の弱い祖父母の安否は。
私が暮らしていた都内も情報が混乱していた。この数日間、私はまともに食事をした記憶がない。

ようやく両親から電話がきた日、私は真っ黒なくまをつくった目で、ぼろぼろ泣いた。
みんな生きていた。 生まれて初めて神様に感謝した。

泣いて泣いて、安心して泥のように眠ったあと、私はキッチンに立った。不思議とやせ細っていた体は動いた。何か食べなければ、と思った。都内のスーパーでは炭水化物がほとんど売り切れていたので、作れるものを作ることにした。福島の、豚汁だ。地元では「芋煮」とも言う。

まずはお出汁。昆布と鰹節をたっぷり使い、沸騰する前に濾す。この瞬間が好きだ。
真っ赤になった目元と鼻先に、優しい香りが漂ってくる。
適当に切ったその場にあった野菜たち、油揚げや豚肉も煮込み、灰汁を取る。野菜が柔らかくなった頃、お味噌をお玉でひとすくい。鍋いっぱいの、福島の豚汁だ。

スプーンで味見をする。おいしい、と思う前に、家族の姿が浮かんだ。
生きてた。父も母も、この豚汁を食べさせてくれた祖父母も、みんな。
豚汁の香りがぼろぼろの私を優しく包む。よろよろと器に取り分けて、でもテーブルまで行く気力もなくて、お鍋の下にぺたんと座り込み豚汁を頂く。
大根、人参、じゃがいも、ごぼう、こんにゃく、里芋、ネギ、油揚げ、豚肉。
命の味がした。私は、命を頂いて、生きている。この時、ものすごく眩しくそう思えた。
故郷の味は、痩せた胃の中に入っていった。体が一気に熱くなる。汁も最後の一滴まで飲み干す。
ふはあ、と息をついた。涙のあともそのままに、空っぽになった器を握りしめて天を仰ぐ。
よろよろと立ち上がった。
「生きてた」
一人そうつぶやいて、私は笑った。
お玉を手に取る。故郷の味を、おかわりするために。