WFPエッセイコンテスト2013 入賞作品

18歳以上部門賞 「二つに分けたゆで卵」
福島県 松井 義孝(まつい よしたか)さん
 小学校四年の時、給食に出たゆで卵の殻を剥き終えた瞬間、私は手を滑らしてしまい、ゆで卵は木の床に落ちました。幾つもの黒いごみが卵の白身の表面に粘りつきました。周囲からの「あーあ」の声の後には「残念でした」「汚いよ」等という具体的な言葉が飛び交いました。実を言うと、洗えば食べられるという気持ちがよぎりましたが、この状況で食べるのはもはや無理だと思いました。

 その時、隣の席のAさんが、
「私の半分あげるよ」と言ってくれました。私は申し訳なくて断り続けていると、赤ん坊が生まれたばかりのM先生が「人の好意は受け取るものだ」と私をにらんで言いました。

 さて問題なのが、どうやって卵を半分にするかでした。みんなで考えた結果、糸で切ればよいとなり、すぐに、職員室から糸を借りてきました。クラス四十名が息をひそめる中で、Aさんの手によるゆで卵の二つ分けが行われました。ほぼ同じ大きさに分かれると、周囲から大きな拍手が起こりました。

 正直言うと、味はよく覚えていないのですが、何かとっても満たされた幸せな気持ちが体全体に広まっていきました。Aさんは勿論、みんながとても優しく思えました。

 その日の帰りの会、M先生は私たちに、
「今日の給食、嬉しかった。食べ物は人の心を豊かにする。しかし、食べ物で喧嘩するのは駄目だ。自分のことしか考えていないからだ。そして、この世で最も悲しいのは、食べ物がないために世界でたった一つの命を失うことだ。これは残酷だ。みんなが大人になったとき、絶対にそういう時代にしないでほしい」と言いました。

 あの給食から四十数年経ちました。私は、我が子の成長と共に、M先生の言葉の裏に隠された願いを肌で実感するようになりました。

 Aさんや同級生、そしてM先生、私は今でもあの給食のことを忘れてはいません。